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2025-6台湾鉄道の日

 哈瑪星鉄道園区
濱線観光列車

哈瑪星號

1908打狗 - 1900打狗


高雄トラム、哈瑪星停留所に隣接し別な駅が隣接している。2025年撮影


ホームに隣接する旧高雄港駅の駅舎は旧打狗鐵道故事館となっている。
打狗は高雄の古称でタカウという発音に日本語読みの高雄があてられた。2024年撮影


内部は事務室が広く貨物駅の雰囲気そのまま、こちらで書籍や記念硬券などのグッツが販売されている。2024年撮影


駅長室も再現され公開されている。2024年撮影


当時の高雄港周辺の路線図が展示されていた、埠頭と倉庫や工場を結び線路が全域に延びている。2024年撮影


その左下に高雄港駅があり、当時の鉄道網のスケールに驚かされる。2024年撮影


高雄港駅の広大なヤードが哈瑪星鉄道園区となっていて、哈瑪星は濱線の日本語読みハマセンに漢字をあてた様で、高雄と逆の当て字になっている。2025年撮影


当時のままの屋根があるホームに貨車を利用した観光列車が停まっている。2025年撮影


旧駅舎を利用した打狗鐵道故事館が出来た頃は2台の蒸機機関車CT259とDT609だけが静態保存されているだけで、トラムが通り観光列車が走るなど思いもよらなかった。2011年撮影


旧駅舎から離れたところに濱線観光列車のチケット売り場がある。2025年撮影


チケットは大人一人NT$99(約500円)、一緒に園内全体図と全保存車両の紹介が入った詳しく立派なパンフレットが戴けた。2025年撮影


裏面に乗車日時が印字されている、基本的に土日祝日の運行。2025年撮影


機関車が貨車、緩急車を挟む編成で往路先頭となる側はDL-1043、かって日本でも各地でよく見られた入換動車タイプ。2025年撮影


外から見た運転室内、右側はボンネットと同じ幅までしか下部がない。2025年撮影


2両目はボギー無蓋貨車で、外観はそのままにアオリ板の一部が扉に改造されている。2025年撮影


車内は枕木などを積み重ねて座れる様になっている。2025年撮影


背もたれや手摺になる様にパイプが通されている。2025年撮影


乗客が乗っていない時は貨車の様に見え、とてもよく考えられている。2025年撮影


2両目は緩急車3AK2504、デッキがあるのは片側だけで反対側は窓もない。2025年撮影


車内は2部屋に分かれていてデッキ側は大きなテーブルと回転椅子が備え付けられている。2025年撮影


テーブル以外の壁際は横長のシートになっていた。2025年撮影


奥の部屋は座敷なのか床全体が一段高い。2025年撮影


壁際に木箱がある。2025年撮影


奥の部屋との間には扉がある。2025年撮影


3両目は緩急車3AK2020、前と同じ様な車両で見分けられなかったが形式から違っている様であった。2025年撮影


2024年、まだ修復中の頃に見せていただいた車内。2024年撮影


車内も2500と同じ様になっていた。2024年撮影


同様に奥の部屋は小上がり状態、違いは壁の板の目くらいかも知れない。2024年撮影


各車に乗務員が乗り込んで出発。2025年撮影


DL-1043の屋根は無蓋貨車の妻板よりも低い。2025年撮影


まずは保存車輛群の脇を通る。2025年撮影


蒸機機関車の脇を入換え動車が行き来する光景になる。2025年撮影


車掌車の窓から見たDT-609。2025年撮影


この跨線橋も使われなくなり保存されている。2025年撮影


跨線橋から見るとヤード跡の広さがわかる。2025年撮影


跨線橋をくぐり、少し進んだところが折返しの1900打狗駅。
1900年、高雄に鉄道が開業した当初はこちらに打狗駅があり、その後干拓地の南側にヤードが拡張され、1908年に高雄港駅舎のある方に移された事から、哈瑪星號の出発駅は1908打狗駅となっている。2025年撮影


1900打狗では下車可能で、数分で出発するが次の列車に乗って戻っても構わないと言っていただき見送った。2025年撮影


片道600m弱の走行となる。2025年撮影


ずっとトラムの路線と平行している。2025年撮影


1900打狗のすぐ先に踏切とトラムの寿山公園駅があり、反対側から停車中の編成を撮影。2025年撮影


線路を渡ったところに「1900」のモニュメントがある。2025年撮影


トラムを挟んで反対側にはDR2900型2両編成が屋根の下で保存されている。2025年撮影


跨線橋下のトラム路線上にガードの様な構造物が建設されていた。2025年撮影


復路は無蓋車の方に乗車。2025年撮影


出発して間もなく信号所の脇を通る。2025年撮影


跨線橋辺りを走っているところを超望遠で撮影。2025年撮影


超広角レンズで入換動車を撮影、片側はキャブが狭くデッキが通っている。2025年撮影


DL-1101はキャブ側が前に走っていた。2025年撮影


開放感たっぷりの無蓋車。2025年撮影


9600形、DT-609などの保存車両を高い目線で見る事が出来る。2025年撮影


振り返ると昔っぽい光景。2025年撮影


C55、CT259は撮り難い場所に停まっていた。2025年撮影


第1土曜日の午前中はCT259が先頭の編成で運行される。2025年撮影


自走ではないが発煙装置を使って、それらしい情景が再現される。2025年撮影


煙の調整が難しい様で煙室扉周りからまで出る程、出し過ぎの回もあった。2025年撮影


自走ではないが動くC55を目にすることが出来た。2025年撮影


後ろにディーゼル機関車は付くがその後ろの貨車は日本風。2025年撮影


折返しのぶら下がりで9600形のDT609とC55形CT259の並びを撮った。2025年撮影


次の運行は跨線橋の上から狙った。2025年撮影


白煙が出る煙突を上から。2025年撮影


CT259が重い為か機関車が大きめなL02に代わっていた。2025年撮影


日差しが強いので無蓋車では日傘が広がりカラフルとなっていた。2025年撮影


折返しのぶら下がりは跨線橋から降りて横から流し撮り。2025年撮影


間にディーゼル機関車が入るがDT609も入れて撮れた。2025年撮影

3回目の運行はロープを張りされた撮影用スポットで狙った。2025年撮影


蒸気機関車連結運転時は1時間に1本で3回の運行となる。2025年撮影


折返しは真横からの並びを撮影。2025年撮影


午後からは蒸気機関車なしの通常運行となるので、入換えでもう一度動くのを待っていたが時間切れ、CT259をトラムの窓から。2025年撮影


第1土曜日は阿里山鉄道の北門-嘉義間を走る檜木列車も蒸気機関車運転となるので、そちらに向かう為仕方なく見送った。2025年撮影


哈瑪星號の正式運行が始まる前の頃にもこちらを訪れていた。2024年撮影


まだホームには入られない状態だったが中線に車両が停まっていた。2024年撮影


半分車掌室の有蓋緩急車と緩急車2両の両端を入換え動車が挟む編成で停まっていた。2024年撮影


ずっと停められているものと思っていたが、遠くにいる時に動いているのを目撃した。2024年撮影


その後、は信号所の手前で停まっていた。2024年撮影


信号所の建物も修復整備されていた。2024年撮影


列車と信号所を撮影していたらスタッフに声を掛けられ信号所に招き入れていただいた。2024年撮影


先行的なものだったのか小学生の団体見学が行われていた事がわかった。2024年撮影


信号所の線路側はバルコニー状になっていた。2024年撮影


後ろをトラムが通り抜ける。2024年撮影


建物内に転轍機がズラリと並んでいた。2024年撮影


レバーは作動可能な状態にされていて、携帯端末で戦前の日本の動画「鐵道信號」を見せ説明していただいいて、左側の櫓にあるのが信号機のレバーで転轍機と連動で鎖錠される様になっている様だ。2024年撮影


構内配線のディスプレーモニターがあり、転轍機の動作と連動し表示が変わる様になっていると思われる。2024年撮影


機械的に信号や他のポイント位置と連動しロックされる機構も可動状態で、ここまで復元されている場所は日本にも思い当たらない。2024年撮影


窓際には96.05.08と書かれた1日分の列車時刻表が掲示されていた。2024年撮影


閉塞機も内部が見える状態で展示されていた。2024年撮影


下の階を見学すると転轍機のレバーが外に延びるリンクに接続されていた。2024年撮影


隣の一室では信号・転轍機関連のリンクや工具類がバラスト上に置かれる形で展示されていた。2024年撮影


その横に可動できる転轍機の模型があり、回り込むようなルートを通せて、確実に作動し、各部で微調整可能な機構だという事がわかる。2024年撮影


その1年後の訪問時には、哈瑪星號は運行される様になっていたが、跨線橋まわりの工事が行われていた影響の為だろうか、信号所の方には行く事ができない状態になっていた。2025年撮影


跨線橋の上には飲食店の建物が造られ、最初に訪れた時は、その建物の上まで上がれる様になっていたが、その次に行った時にはエレベータで上がったエリア以外は行けなくなっていた。2025年撮影


建物の上は太鼓橋の様に弧を描く床面になっていた。2024年撮影


上から見ると信号所からポイントに向かう数多くのリンク類が延びているのがわかる。2024年撮影


建物の上に立つと跨線橋アーチの上限近い高さがあった。2024年撮影


ヤードには木道が通っていたが、翌年訪問時には一部補修中で通れなくなっていた。2024年撮影


跨線橋の東寄りからの眺め、この時はDT609とCT259が縦列になっていた。2024年撮影


信号所側、北方向の眺め。2024年撮影


夜に通り掛かった時、列車は信号所側に停められていた。2024年撮影


この頃は木道が通っていて街灯も並んでいたので暗くなってからでも観察しながら散策できた。2024年撮影


信号所は明かりが灯っていた。2024年撮影


埠頭沿いに建つ飲食施設となっている旧倉庫の手前まで線路が延びていた。2024年撮影


夕食後の帰り道、列車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。2024年撮影


列車は駅の方に移動し、もうしばらくは動かなそうな様子だった。2024年撮影


傍らを走るトラムのヘッドライトで2台の蒸機機関車が浮かび上がって見えた。2024年撮影


この時は夜も跨線橋上に造られた建物上まで登る事ができた。
周囲が暗いと道路とつながっている様に見えた。2024年撮影


高雄港駅のホームに明かりが灯る、トラムと蒸機機関車の夜景。2024年撮影


パンフレットにも記載されているが、この地区で保存展示されている全車両のを紹介する大看板も立っている。2025年撮影


蒸機機関車CK58は他の車両とは離れた東側の倉庫群寄りにある。2024年撮影


1912年製、軸配置軸配置1C1。2025年撮影


B7、3150形をベースにして製造されたCK50形。2024年撮影


周辺の線路は埋まり見えなくなっている。2025年撮影

うしろ姿。2025年撮影


蒸機機関車、DT609は日本の9600形。2025年撮影


最初に訪れた頃はランボードやテンダーの縁に白色が入り、に煙室扉のハンドルが無い状態だった。2011年撮影


1929年汽車製造製、元々は800形の29号機で、台湾鉄路管理局となりDT580形となってDT609に改番された。2025年撮影


高雄港のホーム近くに停められ、移動している。2024年撮影


前寄りに見るとカウキャッチャーが目立ち煙室扉を囲う様な手摺もなく違った感じ。2011年撮影


左サイド、この頃は窓枠が無くなっていた。2011年撮影


右サイド。2024年撮影


蒸機機関車、CT259。2025年撮影


1938年三菱重工製、CT250形の9号機になる。2024年撮影


こちらも最初に訪れた頃は、こちらもランボードやデフ周りなどが白く塗られていた。2011年撮影


軸配置2C1、スポーク動輪で先輪の1軸目と従輪はボックス動輪になっていた。2024年撮影


カウキャッチャーがあるのとヘッドライトが日本型と違う雰囲気。2011年撮影


うしろ姿。2011年撮影


R134、1969年アメリカ製のR100形電気式ディーゼル機関車で軸配置CC。2025年撮影


S210、1961年アメリカ製のS200形電気式ディーゼル機関車で軸配置CC。
高雄臨港線で主役だった形式という事である。2025年撮影


台湾電力L02、1880年日立製で石油会社向けに造られ、後に電力会社に買い取られ発電所への石炭輸送に造られたディーゼル機関車。2025年撮影


排気管がボンネットの先にある。2024年撮影


トラムの線路より駅舎側にあり、CT259走行時には次位に付いて走行していた。2024年撮影


台湾電力L03、1986年ドイツSCHOMA製。2025年撮影


2車体連節というか、キャブ付きと無しの2軸機関車が重連になった様な格好。2025年撮影


1年前に見た時は色褪せており、この後再塗装された様である。
トラム線よりヤード側に静態保存されている。2024年撮影


斜めから見ると一般的なセミセンターキャブの機関車に見える。2025年撮影


台湾肥料KA19-C型、1998年台湾製、高雄地区にある工場専用線で活躍した機関車。2025年撮影


こちらはセミセンターキャブで軸配置BB、トラム線よりヤード側に静態保存されている。2025年撮影


台湾製糖No.13 1969年日本製、台鐵新営駅と新営製糖工場を結ぶ1067mm軌道で用いられたロッド式のC型機関車。2025年撮影


こちらもヤード側で静態保存。2025年撮影


DL-1043 2軸の入換動車、1985年台湾製。2025年撮影


1年前の試運転時は反対側に連結されていた。2024年撮影


信号所から見下ろしたところ。2024年撮影


屋根が低く、キャブの片側はボンネットと同じくらいの幅しかない。2024年撮影


DL-1101、2軸の入換動車で1993年台湾製。2024年撮影


キャブ側の方が視界が良く、哈瑪星號ではこちらが前側になる様に連結されていた。2025年撮影


シンプルさを感じるサイドビュー。2024年撮影


運転台は横向きになっていた。2024年撮影


貨物駅跡の施設なので、荷物車、貨車が数多く保存展示されている。2024年撮影


25C10008 代用手荷物車1939年日本製。2024年撮影


その後、1年以上巨大バナナディスプレイの餌食となっているのは残念。2025年撮影


3AK2020緩急車1968年台湾製。2025年撮影


日本ではヨ3500などと同じ雰囲気だが、こちらのは片デッキとなっている。2024年撮影


3AK2504緩急車1971年台湾製。2025年撮影


どちらも哈瑪星號の客車として活躍している。2024年撮影


3CK2109有蓋緩急車1982年台湾製。2025年撮影


日本ではワフにあたるタイプ、トラム線より駅舎側の線にあり移動可能な状態となっている。2024年撮影


台糖 000023 無蓋緩急車1922年日本製。2025年撮影


日本ではトムフにあたる形。2025年撮影


15EC8074機務搶修車 1961年台湾製。2025年撮影


元々有蓋貨車だった事業用車。2024年撮影


台糖 110003、元々は台湾鉄道東部の狭軌線用の貨車で1903〜1913年に製造され1981年に台糖が購入との事。2025年撮影


台糖 110015 1913年台湾製、こちらもナローゲージだった台湾鉄道の台東線で使われていた。2025年撮影


反対側は鉄製の扉になっていた。2025年撮影


台糖 110018 1917年台湾製、こちらは元々荷物車で扉や窓の面影が残る。2025年撮影


35G20060無蓋車 1969年日本製 ボギー式で日本ならトキにあたる。2025年撮影


外観は変わらない様にアオリの一部だけ横に開く様に改造され哈瑪星號の展望車となっている。2025年撮影


15EG8634A無蓋車 1961年製 2軸車で日本ならトラにあたる。2025年撮影


35F20106 1974〜1975年台湾製、日本なら長物車でボギー式の物はチキにあたる。
上面全体が平らになっている。2024年撮影


近頃は巨大バナナが載せられた状態で展示され、荷物車程の残念さは無いが、遠目でも目立つので他の列車などを撮影する際に気になる。
コンテナ輸送にも用いられたとの事でその状態も見てみたい。2025年撮影


15EF19 1912年日本製の長物車、台湾鉄道で現存するもっとも古い貨車で事業用として残った。2025年撮影


35N21121 ホッパ車1973年台湾製、日本ならホキにあたり、穀物輸送用で上部がカバーされたタンク型になっている。2025年撮影


35B1020 ホッパ車1995年台湾製、日本ならホキにあたり、こちらは上部は開放されていてバラスト輸送用。2025年撮影


P35H22019 石炭車1996年台湾製、日本ならセキにあたり、こちらは火力発電所に石炭を運び込むために使われた。2025年撮影


下部の扉は空気圧で開閉できる様になっていた。2024年撮影


上からホッパ車や石炭車の内部を見学できる様に台が用意されていた。2025年撮影


30L20006 タンク車1970年日本製、ボギー車で日本ならタキにあたる。2025年撮影


台湾鉄道でディーゼル機関車用の燃料を運ぶために使われた車両で「本路専用」と書かれている。2025年撮影


貨車だけで17両もあるが広々と配置されているので、巨大バナナがある以外は写真を撮りやすい。2025年撮影


DR2900型は3両ありDR2910はヤード側にありジェラート屋になっている。2025年撮影


DR2909、DR2955は1900打狗駅側の屋根の下にありパン屋になっている。
ここは元、検修場であったという事である。2025年撮影


中間車DR1955、これら3両は1986年日立製。2025年撮影


HORIという店名は漢字で書くと后里で、駅名が連想されるが、贈りものという意味であった。2025年撮影


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