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2013-7 インドネシア

パンカ製糖工場
Pangka sugar factory
蒸気機関車撮影


ホテルを7時に出発、
7:38 工場の中に入ると早速、蒸気機関車が単機で向かってきた
まずは蒸機が生きていて一安心。


蒸気機関車を追い積替えヤードの方に引き返すと
ディーゼル機関車も1台停まっていて、どちらも単機で待機中


しばらく動く気配が無い様で工場の中を見せてもらった


入り口辺りに積まれていたのは巨大なローラ
片端には更に大きな歯車が付く。


その奥に並んでいたのがスチームエンジン


蒸気機関車の様にシリンダの動きから
ロッドとクランクを介し、大きなはずみ車を回転させている。


欧米の博物館にしか無いものだと思っていた物が
現役で動いていた。


しかも何台も並んでいる


動きが大きな部分にはガードや柵が付けられていた


STORKというオランダのメーカでこれは1917年製


反対側にはハンドルや計器などがついていた


工場より奥から脇に入ったところに機関庫があった


庫内にもまだ機関車がいたが、これらは当分動かさなそうな状態だった


修理中の機関車の前には大量の薪が積み上げられていて、
現在動いている機関車が入るスペースが無い状態になっていた
季節はずれの大雨の対応だろうか。


機関庫の奥には工場に搬入する為のヤードがあり
火の入った機関車の姿も見えた


ただ、機関士は車体の陰に座って休憩中で
しばらく動きそうもない。


工場搬入のヤードは本線の横に位置し、
列車は一旦引込み線に出てスイッチバックで入る様になっていた。
その引込み線は工場の敷地外の様で、線路沿いに民家が建っていた


ずっと引込み線沿いに歩いていくと、
それまでの複線が単線になり機まわしが出来る形になっていた


その先すぐでスリーナインの様に線路が斜め上を向いてエンド。


路線を一通り見て積替えヤードに戻る。
構内にはリキシャも入ってくる。


待機している機関車は3台に増えたが、サトウキビを積んだ貨車は少ない
降雨により前日の収穫が少なかった様だが、時間が経つにつれトラックの姿が増えている。


機関車達はまだ単機で待機


運転手は、その機関車で待機。


薪積みのテンダーは風通しの良い日陰で心地良さそう


まだトラックも少ない


他の動きが少ないうちに積み込み作業を観察。
2年前に行ったスラギ製糖工場と同じ感じで、
農場からサトウキビを積んできたトラックは、
バックして前に積み込みを終えたローリー(貨車)を押し出し
クレーンの下に入る


チェーンを掛けて束ごと吊り上げ


吊り上げたらトラックは移動


奥には空のローリーが貯められている


そのローリーをクレーン下まで手押し


順調にトラックが入ってくると3レーンで作業が進む


サトウキビの束をローリに上手く合わせて積み込む


チェーンを外して作業完了、
このローリーは次のトラックのお尻で押し出される


クレーンの奥では空ローリーを運んできたDLとその運転手が休んでいた


線路脇にいたアヒルの親子。


以前は線路が各農地まで広がっていたのだろう


トラックは沢山来る様になったが、
ローリーは3レーン均等に増えていくのでなかなか列車は動かない
でも、これはまたと無いチャンスと思った。


空車を運んだ後休んでいたDLが先に戻っていった


10:01 本日の初列車でいきなりの同時発車
2時間以上列車が走らなかった事も一気に吹き飛ぶ幸運。


ヤードから集束して併走となる


機関車は同形のNo.1とNo.2。


撮影後、踏み切りが閉まっていたので追い掛けてみた


炎天下を工場脇まで疾走し、先回り出来た。




係員も併走を楽しんでいるのか、カメラの前で走行中に列車を乗り移った


その先のポイントで合流し、No.2牽引の列車が先行


DL牽引の列車もすぐ続いて来た


すぐ先の方で列車が停車しているのが見え、
もうヤード側に機関車はいないので、そちらへ歩いて行く。



計量所より奥でNo.1の編成が止まっていた


その先でNo.2の編成も止まっていて、
この列車がその原因だった。


サトウキビ満載のローリーが脱線、
すでにジャッキを持った復旧班が到着していた


手馴れた様子で作業を進めていたが、
季節外れの雨で地面がぬかるみ持ち上げられなかった


垂木を横に掛けてやり直し、
車輪との摩擦で線路が地面ごと盛り上がっていく感じがしたが
無事線路に戻すことが出来た。


もう1軸も脱線していて後ろもジャッキアップ


脱線の復旧が近付くと、後続のNo.1編成が前進してきた


湿度が高く白煙がよく見えた


10:26 貨車が脱線していたNo.2編成が発車。


引込み線の門の外で構えた。


引込み線で折り返し、バックで押し込む


ローリーを押して行くNo.2と引込み線が開くのを待つNo.1編成
蒸機の楽園


続いてNo.1編成が引込み線に入る


脇に並ぶ民家から子供達が見に来ていた


テンダーにも子供の姿が、ウッドデッキの屋根つきバルコニー状態


No.1も押し込み、空転に備え砂撒き係が後ろに付く


3本目のNo.2編成はまたトラブルがあった様でまだ押し込んでいた


3本目のDL編成も引込み線の方に入っていった


ヤードに向かって押す段階で空転、
砂撒きの人が追いかけて、走っている機関車の砂箱に手を突っ込む


そして動いている車輪の前に砂を撒く


こちら側で休んでいたNo.10も活動開始


No.10の正面には長めのワイヤーロープが掛けられていた


ローリはヤードの先の搬入口から工場に入れられる


押し込む場所とタイミングによって、こちらでも機関車が並ぶ
ヤード入換専用に使われていたNo.10は車体幅が狭い様に見えた。


ローリーのサトウキビをいじっていた子供達、
ここまで入ってくる子は少なかった


こちらのヤードは緑が多い


計量所奥の線路脇に積み上げられていた鉄製枕木付きの線路。
2年前にスンバルハルジョで見た様な農場の末端に延ばす仮設軌道用だろうか。


その後No.1、No.2は頻繁に運用


木漏れ日が煙に映る。


帰りは単機でもどる。


煙がいい形にたなびいた


軌間はスラギと同じく最狭級の600mm


単機2台が積車の通過待ち


タイミングが良く、すれ違いで並んだ


空のローリーは別のDLで回送される


アオリの補強がみんな違っている


空車は編成が長い


砂撒きが付かない列車もあった。


本数が増えてきて積車の機関車だけ撮ったりした


再びいいタイミングが巡ってきたが、
正午になり、運転士も機関車を離れた様子だったので
我々も昼食に出かけた


昼食後戻ると線路上のゲートは閉まり、
積替えヤードには機関車がいなくなっていた
午後2時まで昼休みだったので、2本の列車を待っていれば良かった。


2時過ぎ、機関車は車庫前に戻っていた


機関車はみんな戻ってくる様だ。


外に出ている蒸機は本日の有火3台を含む4台


1台は無火であるが、3台が頭を揃える。


機関庫前の各線で給水できる様になっていて、
灰落としも同時にが行われていた


手渡しによる燃料の積み込み作業


--- 車両紹介 ---

トップナンバー No.1


軸配置C1で動輪と従輪の間が広い。


ドイツArn. Jung Lokomotivefabrik GmbH 1915年製。


No.1と同形で同様に活躍していたNo.2


サイドビュー、
キャブ上に左向きの作業灯が付いていた


テンダーを連結している後ろ側にも扉が付いていた


No.1と同じくArn. Jung Lokomotivefabrik GmbH 1915年製
あと2年頑張れば100歳


キャブ内、機関士は右側に立つ


火室には薪が並べる様に入れられていた。


機関庫に入っていたNo.3。


Arn. Jung Lokomotivefabrik GmbH 1920年製の軸配置C1で1・2と同じ形


テンダとの距離が長いが、No.1が3と書かれたテンダを付けていたので、
違うテンダなのだろう。


No.5も軸配置C1、煙突の形に特徴がある


周りに色々な物が立て掛けられ放置されている感じ、
砂撒き係のステップも無い


No.3と同じArn. Jung Lokomotivefabrik GmbH 1920年製


ずんぐりとした印象のNo.7
古典的な感じだが他と共通性のある部品が少ない為か原形を保っている。


ベルギーのSociété Anonyne des Usines Metallurgiques du Hainaut, Couillet1910年製
軸配置はCで従輪無し。


No.5の奥にあったNo.8はここで一番状態が悪く見えた


煙突まで無くテンダ用の大きな屋根が立て掛けられていた


 No.1・2・3・5と同じくArn. Jung Lokomotivefabrik GmbH製だが、軸配置はDで、
1912年製造


車庫の前に出ていたNo.9
Orenstein & Koppel AG 1914年製の軸配置D。


火は入ってなく、薪も積んでいなかったが、
必要なら動かせそうな感じ。


搬入のヤードで働いていたNo.10
砂箱や砂撒きの人が乗るステップは無く、
前にワイヤーロープを巻きつけていた。


軸配置Dで2軸目と3軸目の間隔が広い。


タンク型機関車らしい後姿で、番号無しのテンダーを従えている


Orenstein & Koppel AG 1931年製


No.1,2と共に本線で活躍していたDL No.11


SCHOEMA製の2軸車でキャブが低め


後ろ側は小窓だけしかない
前後には大型のバッファが付いている。


午後から本線で動いていたNo.12
ステップがないが砂撒き係は砂箱に座っていた。


ボンネット上にマフラがあり、排気管が上に突き出ている


全体的に大きいかとも思ったが、他のDLと比べると背の低さがよくわかる。


午前中は車庫前で整備が行われ、ボンネットが外されていた


カバーの割りに中はコンパクトで
DEUTZ社の直列6気筒エンジンが積まれていた


独特なクラッチやアクセルレバーの配置


No.13は空ローリーの回送や積み替えヤードでの入換が多かったが
本線で積車を牽く事もあった。


ヘッドライトがボンネット前面に付いていて、
ボンネットより前方に砂箱と砂撒き員用のステップがある


Moësはベルギーのメーカーの様だ


後面は2枚窓だが、ガラスは入っていなかった
後ろ側にも砂箱とステップがある。


運転室には左右にハンドルが付いていた


保線工事をしたヤードの試運転につかわれていたNo.1。
ヘッドライトはボンネットの上に載っている。


車庫まわりにいる時間が長く、列車を牽くのを見なかった


車庫前に停められていた客車
オフシーズンの観光列車用だったが、
農場への路線が無くなり使われなくなったとの事。


車内は1+2配列向かい合わせで、窓ガラスは無いが室内灯は用意されていた


灰を積んでいたナベトロ


サトウキビを積むローリー


積車はネタの大きなスシの様にも見える


ジャッキなどを積んでいた手押しトロッコ


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14:17 出発準備が整った機関車から車庫前を出て行く
No.1は3と書かれたテンダを付けていた。


車庫前の線路はジャングル状態になっていた


No.2は先回りして撮影


午後も順調に列車が走る。


午後も積み替えヤードでは並ぶ事も多い


この時はNo.1が先に発車


砂を撒く作業は命がけの職人技


No.2の発車は10分弱後


併走でなくても別の線路を走ってきた


荷崩れなどで落としていったサトウキビはリヤカーに載せていた


かなりの量が積まれている


単回のバック流し、砂撒きの人はテンダに乗っていた。


一時辺りが暗くなり雷鳴が聞こえ、多少雨が降ったが、
大雨にはならず夕暮れを迎えた


夕方になると踏切の交通量が多くなる。


機関車通過後の線路に子供が集っていた


朝とは反対側に陽を受ける


木陰に太陽が隠れた


17:25、日中最後の蒸機列車が発車。


日中最終となった列車の運転手は手を振ってくれた


機関車見に来た子供を連れが多く、
特に敷地外の踏切周辺はギャラリーでいっぱい。


従業員の休憩時間の様で、この後しばらく列車の動きが無かった。


1時間後の19時少し前、2台の蒸機が火花を上げて併走して向かってきた。


火花の夜間撮影をお願いしていたが、
2台も出してくれた


まともな三脚を持ってきていないので、明かりの多い工場脇に停めてもらう
停車中に火花を舞い上げるのは難しい様で、なかなか揃わない。


諦めかけたところでNo.1も火花が出てきた


正面側からも撮らせてもらう。


撮影終了後、2列車は同時発車
2列車とも積車だった。


本当に素晴らしい1日だった


2つの線路を止めていたので、
次の列車が続いてすぐに来た


Moësの13番、夜の方が綺麗に見える。


踏切まで戻ったところで更に一列車、
4本目はSCHOEMAの11番だった。


それから翌日の為にソロに移動、
2時過ぎにジョグジャカルタを通り、
ホテルに着いたのは午前3時半。
ラマダン期間なのでもう朝食会場が賑わっていた。


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