鉄道世界旅行 Domestic

Twilight Express
トワイライトエクスプレス

大阪 − 札幌
 Osaka - Sapporo

8002列車 洞爺16:26発 - 富山 着 1991年3月乗車
8001列車 大阪12:00発 − 札幌9:07着 2004年1月乗車


登場したのは青函トンネル開業から1年少々経った1989年夏。
北斗星が最高だった当時、この様な超豪華寝台列車が、しかも家の近くを走るというのは衝撃だった。
北海道内の牽引機は北斗星色のDD51形ディーゼル機関車の重連。
北舟岡-伊達紋別 1989年7月撮影


青函区間の牽引はED79形電気機関車。
この機関車が牽引する区間に客扱いのある停車駅は無い為だろうか、ヘッドマークは付けられなかった。
五稜郭-七飯浜 2007年4月撮影


後にパンタグラフがシングルアームが交換されていた。
一般的に交流区間の電気機関車は後ろのパンタグラフを上げるが、青函区間では往復とも函館寄りのパンタグラフを上げる様にされていたので下りは前パンになっていた。
五稜郭 2013年9月撮影


大阪から青森までの区間はEF81形電気機関車で客車に合わせた専用塗装機が牽引する。
京都 1989年10月撮影


連結器が自動密着連結器となって連結器周りのスカートが張り出している。
高岡 2013年8月撮影


トワイライト塗装機は寝台特急日本海などトワイライトエクスプレス以外の運用にも入る事があったが、北斗星のカシオペア塗装機とは対称的にハズレという印象が強かった。
私が高校の修学旅行の時に乗ったのは20系の臨時列車であったが、牽引機はトワイライト塗装機だった。
青森 1989年10月撮影


大阪と札幌を結ぶ定期的な運転の終了後、特別な「トワイライトエクスプレス」として団体専用でJR西日本管内を運転する為にEF65 1124がトワイライトエクスプレス塗装になった。
京都鉄道博物館 2018年6月撮影


軌間1,668mmで完全に脱線となるが・・・、
トワイライトエクスプレス塗装のEF65を見て、いちご列車Tren de la fresaと呼ばれる週末の日帰りツアー列車を牽引するスペインRENFEの289形電気機関車を連想した。
1969年に造られ、2004年に現役から離れた後、マドリード鉄道博物館に引き取られ2013年に登場時と同じこの塗装になった。
直流1,500/3,000Vの複電圧機で軸配置BBながら最高速度140km/h貨客両用機で、本機はCAFでライセンス生産されているが、1・2号機は三菱重工製でEF60〜65の兄弟とも言える。
Madrid-Delicias 2018年4月撮影


運転当初は団体列車扱いで電源車を除く客車8両のうち、ロビーカー2両食堂車1両という豪華編成、電源車の後ろも展望室付のスロネフ25だった。
黄金-崎守 1989年8月撮影


臨時列車として運転された当初はスロネ25は無く、1列車でスイート1室、ロイヤル4室だった。
伊達紋別 1990年7月撮影


その後ツインベットスイートがあるスロネ25が完成しロビーカー1両、食堂車1両、A寝台車2両、B寝台車5両という編成になった。
黄金-崎守 2008年3月撮影


スイートのスロネフが最後尾の場合で進行方向右側となる側に食堂車を除く各車の通路があり、比較的側面の変化が少なく、窓が規則的に並んでいる。
琴似 2014年9月撮影


トワイライトエクスプレスの”顔”、最後尾のパノラマが独占できるA個室スイート1室と先に登場した北斗星の最上個室と同等のA個室ロイヤル4室を備えるスロネフ25 500番台。
伊達紋別-北舟岡 1989年7月撮影


後に展望窓に雨樋が付き、リニューアルで車体の黄色い帯に銀色の縁が付いた。
伊達紋別-北舟岡 2006年8月撮影


展望窓にびっしり雪が付いている事もあった。
伊達紋別-北舟岡 2014年12月撮影


北海道の噴火湾沿いの区間では海が見えるのは通路側になった。
北舟岡 2012年6月撮影


1991年に登場した第3編成では、ロイヤル・スイートがあるスロネフ25とスロネ25は眺めを考慮し通路側の窓が仕切にある窓に合う様にされていた。
琴似-発寒中央 2014年7月撮影


車端に車掌室が付いているが、501、502はオハネ25 0番台からの改造。
スロネフ25 502 琴似-発寒中央 2015年3月撮影


第3編成のスロネフ25 503は車掌室元々車掌室付のオハネフ25 0番台からの改造であるが客室が並ぶ側の外観に変わりは見られない。
スロネフ25 503 伊達紋別-北舟岡 2007年1月撮影


2号車はスロネ25 500番台、後から登場した車両で、ツインベットのスイート1室とロイヤル4室で定員10名という豪華な客車。
3両ともオハネ25 0番台からの改造、だが写真の502だけ扉の無い前位の号車札差しが前寄りにあった。
スロネ25 502 琴似-発寒中央 2015年3月撮影


側面中央の大きなガラスは特別感があった。
スロネ25 501 琴似-発寒中央 2014年12月撮影


スロネ25 501、502の通路側は窓が規則的に並んでいる。
琴似-発寒中央 2014年6月撮影


スロネ25 503はスロネフと同様、通路側の窓が仕切にある窓に合う様にされていて窓数が少ない。
琴似-発寒中央 2015年3月撮影


3号車は食堂車 スシ24 0番台。電車特急485/489系の食堂車から改造されているので他の客車と車体断面が異なり、1・2はキノコ型をしたAU12形クーラーを屋根に載せている。
北海道でこのクーラーを見るとキハ82系を思い出す。
スシ24 2 東室蘭 2011年2月撮影


当初は車番が描かれている場所が違っていた。
スシ24 2 東室蘭 2004年3月撮影


反対側は厨房になり、食堂車だけ日本海側に通路がある。
スシ24 2 発寒中央-琴似 2014年6月撮影


スシ24 1は前側の号車札差しが後ろ寄りにあった。
発寒中央-琴似 2014年4月撮影


スシ24 3は屋根上のクーラーが異なりAU13型を載せていて、北斗星用のスシ24 500番台の様な形になっている。
発寒中央-琴似 2014年6月撮影


クーラーの違いは種車の485/489系で言えば先頭車がボンネット型かどうかの違いになる。
スシ24 3 北舟岡-伊達紋別 2013年6月撮影 


JR発足1周年を迎える1988年3月の宮原客車区一般公開では青い車体に銀帯のスシ24 1が展示され、この時は近いうちに寝台特急 日本海に連結されると思っていたが、トワイライトエクスプレスの食堂車となった。1988年3月撮影


4号車 サロンカー オハ25 550番台"サロンデュノール"、
551・552はオハネ15からの改造。
オハ25 552 東室蘭駅 2011年2月撮影


第3編成のオハ25 553はオロネ14からの改造で、クーラーや行先表示器の位置が異なる。
東室蘭駅 2011年9月撮影


日本海側となる方が窓が大きく下辺が低くなっているが、数は少ない。
オハ25 551 発寒中央-琴似 2015年2月撮影


オハ25 552 発寒中央-琴似 2015年2月撮影


クーラが少し長いオハ25 553、時期的なものかも知れないがエンブレムの位置が前寄りになっていた。
伊達紋別-北舟岡 2007年1月撮影


上から見るとファンが2つ並んでいてクーラーの違いが分かりやすい。
オハ25 553 伊達紋別-北舟岡 2009年1月撮影


5・6号車は2人用B個室のツイン7室とシングルツイン6室があるオハネ25 520番台、
編成に連結されている中で同じ形の客車はこの2両だけ。
オハネ25 523 発寒中央-琴似 2015年2月撮影


シングルツインの細長い窓は25系100番台や15系の寝台側を連想してしまうが、種車はオハネ25 0番台。
オハネ25 521 琴似-発寒中央 2015年3月撮影


通路がある側は個室になっているシングルツインの部分だけ細い窓になっている。
オハネ25 526 函館 2012年9月撮影


7号車は2人用B個室ツイン9室とミニロビーがあるオハネ25 510番台。
オハネ25 513 発寒中央-琴似 2013年11月撮影


種車はオハネ25 0番台で通路側は両端寄りにあった窓一つずつが埋められている程度で比較的オリジナルに近い。
オハネ25 513 東室蘭 2011年9月撮影


8号車はBコンパートのオハネ25 560番台。
オハネ25 0番台が種車で通路側扉寄りの窓一つが埋められ、オハネ25 510番台の通路側の外観を比べると前寄りの縦形な窓一つの違いしかわからない。
オハネ25 563 東室蘭 2011年9月撮影


客室側は種車と窓配置が変わらず、乗降扉の引戸化とトイレの窓が埋められている程度。デッキ寄りにあった向かい合わせでない寝台は乗務員用の寝台となった。
オハネ25 561 発寒中央-琴似 2015年2月撮影


9号車も同じくBコンパートだが車掌室付のオハネフ25 560番台。
オハネフ25 502 函館 2006年7月撮影


種車はオハネフ25 0番台で外観形状としては乗降扉が引戸になった程度。
オハネフ25 503 東室蘭 2011年9月撮影


通路側はデッキ寄りの窓が小さく縦長になり、トイレの窓が無くなっている。
オハネフ25 501 発寒中央-琴似 2015年2月撮影


窓が小さくなったのは引戸の戸袋の都合で、デッキ側の区画は乗務員用寝台になっている。
オハネフ25 501 札幌 2015年2月撮影


2年程遅れて増備された第3編成では寝台側にある引戸の開き方向が変更されデッキ寄りの窓が元のままとなった。
オハネフ25 503 発寒中央-琴似 2013年11月撮影。


9号車の先に連結され乗客が立ち入ることは出来ない電源車カニ24。
進行方向左側から見るとブルートレインの雰囲気が残りテール幕の白囲いもカニの伝統に思える。
札幌 2011年9月撮影


カニ24は運転当初からそれ程変化がないが、自動密着連結器に交換される前は連結器周りの切り欠きが小さかった。伊達紋別-北舟岡1989年7月撮影


塗装以外、外観上の変化は無く番号も変わっていない。
カニ24 10 函館 2006年7月撮影


電源車を後追いで右側から見ると個性的な窓並び。
登別 2014年5月撮影


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最初に乗ったのは1991年3月だったが、受験旅行の行きだった事もあり下車後の1枚しか撮っていなかった。


2004年1月の2回目の乗車、牽引機は1回目の時と同じEF81 114号機だった。
始発大阪からの牽引機 EF81形電気機関車は青森までのロングランとなる。


客車9両+電源車+機関車の編成で大阪発では1号車A個室車のスロネフ25が後ろになる。



乗車した6号車のB個室ツイン。
2人分で寝台料金16,320円+特急料金6,300円と
乗車区間に有効な乗車券が必要になる。


枕木方向に細長い個室で横向きに向かい合わせの座席がある。


座席や寝台と反対側の仕切壁、
窓側から梯子置き場、鏡と並んでいる。


隣室とコネクティングルームとして利用できる様に、
その横の仕切は開く事が出来るようになっている。


手前にあるスイッチは上が空調で、下が上段寝台の昇降ボタン。


隣の部屋は左右対称なレイアウトになっている。


通路側に座った状態の視界。
窓は2段上下に並んでいて上の方は曲面ガラスになっている。


寝台への切替方法は壁に2か国語で表示されていた。
その奥に照明やオーディオなど各種スイッチがあり
座席や下段寝台からでも操作出来るようになっている。


座席状態、上段も上がっているので転落防止ベルトがたるんでいる。


テーブルを畳んでから座面を持ち上げるとスライドして背もたれが下がる。


座面と背もたれが同じ平面になる。


同様に向かいの座席も倒すと座面だった部分がくっつく。


シーツと布団を引くとベットメーキング完了。


上段は個室で入口付近にあるボタンスイッチで昇降する。
24系25型の0番台上段や14系や24系の3段ベットの中段と同様の構造だが、乗客が操作して良いのはこの列車くらいだと思われる。


上段を下げると転落防止ベルトが張る様になる。
天井の平面部分の幅が広く、B寝台より若干低くなっている感じがする。


上段のベットメイクをしたところ。
横になると頭の先に窓があり上を見ると曲面ガラスを通し空が見られる。


上の窓もカーテンがあり、使わない時は寝台と逆側に寄せられる。


梯子は窓に向かって引っ掛け、
客車B寝台の折り畳み梯子と同じ要領で上段に上がる。


出入り口扉の上、通路上のスペースは荷物を置くスペースになっているが、
高すぎるので出し入れは大変。
上段寝台側まで広がっている方が使いやすそう。


個室はカードキー方式でロックが掛けられ、。
出入り口の扉にはドアスコープまで用意されている。


個室寝台の通路には折畳み椅子が無い。
逆側の車窓を楽しむのは難しい。


B個室シングルツイン、
1名でも利用可能で1991年の受験旅行で乗車した際は
このタイプの個室をとった。
ツインと同じ2段ベットがある個室だが、
こちらは線路方向にベットが配置され
中央の通路を挟んで両側に並ぶ。
上段寝台は暗く、荷物スペースが少ないが、
窓際に向かい合って座る事が出来、料金が若干安い。


全室ツインの7号車にあるミニロビー。


L字にソファーが配置され、閲覧用の雑誌や飲物の自動販売機、公衆電話がある。


Bコンパートは開放型2段式B寝台に仕切扉を付けた様な形。
上段の脇に昇降スイッチも付いている。


2段ベット向かい合わせの4人室。


B寝台料金で寝台毎に販売されるので扉には鍵は無い。
木目調の壁など、シックなインテリアになっていて、通路には折畳み椅子がある。


A寝台のスイート、ロイヤルには通路との仕切壁にも窓がある。


サロンカーは"サロンデュノール" SALON DU NORDという愛称が付けられている。


片側が低く、反対側は高く、同じ方向に席が配置され、日本海側の眺めが楽しめる様になっている。


上段にあるソファーの足元は通路より1段高い。
この時乗車したのは第3編成で、低い座席の背もたれにアクリル板が立ち、上に手摺が付いている。当時はまだ灰皿があった。


第1・2編成の手摺は金色のパイプ製で背もたれ上にアクリル板は無なかった。
(新津 2010年8月撮影)

夜も車窓が楽しめる様、控えめな照明。
食堂車のパブタイムには、サロンカーでもおつまみ・ドリンクを楽しめる様になっていた。


足元はしっかりと照らされる様になっている。


外から見たサロンデュノール。
(油川-青森 2014年12月撮影)


北海道に入り、噴火湾沿いを走る時は後ろ向きが海の眺めになってしまうのは少し残念。


冬の日のでは東室蘭付近。


サロンカーから高床側の眺めを楽しむにはソファーのカーブした隅が特等席。


サロンカーの低床側両隅の高い位置にテレビがあり映画が上映されていた。


飲物の他に、扉式の自動販売機がある。


扉式の自動販売機ではスナック菓子の他、ハンドタオルも入れられていた。


プリペードカード式の共用のシャワースペースが2室ある。


列車にまつわるカード類、↑段はコンパートメントのカードキー表裏。
下段左はロビーカーにあるシャワー室を利用するためのシャワーカード310円で
下段右は朝食の予約カードで裏に和・洋かと日時氏名が書かれている。


レストラン”ダイナープレヤデス” DINER PLEIADESの入口。


車端部を除き、1+2配列で2人用テーブルと4人用テーブルが並ぶ。


車端部は両側とも2人用テーブル。
食堂車としては珍しく窓上には荷棚がある。


暗くなるとステンドグラスやテーブルスタンドが映える。


車両中程から先は厨房になっている。


食器類がまとめて置かれているカウンターの上。


13:00からのランチタイムメニューのビーフカレー1,000円。
乗車した2004年時点でも日本唯一の昼食が食べられる食堂車だった。


同じくランチタイム、プレヤデスランチセット 2,000円。
ビーフシチューとサラダにバゲットとコーヒーのセット。


翌朝の朝食、和/洋選べて、どちらも1,500円。
朝食は乗車後の予約制で出発後に予約をとりに回って来た。


朝食時の車窓では樽前山が見えた。
そのほか、食堂車のディナーは切符と同時の予約制で
その後に予約なしで利用できるパブタイムがある。


食堂車の厨房側は片側通路になっている。


厨房側車端には冷凍庫や食器の置き場があった。


正月なので食堂車で販売されていた福袋。
値段は忘れたが2種類あり、1つ買ってみると、お得感があったので、もう1種類も買った。


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乗車したのは2度だけだったが、長距離を走る列車なので
旅の途中色々なところで見掛けられた。


直江津で泊ったホテルの窓から、この頃でも珍しくなっていた485系も顔を出していた。2010年8月撮影


新津 2010年8月撮影


新津 2010年8月撮影


余談になるが、トワイライトエクスプレスが行った後、SLばんえつ物語号が回送されてくるゴールデンタイムだった。
新津 2010年8月撮影


新津 2013年8月撮影


夜のスイート。新津 2010年8月撮影


青森-新青森 2014年8月撮影


青森-新青森 2014年12月撮影


油川-青森 2014年8月撮影


油川-青森 2014年12月撮影


2010年7月撮影


矢不来信号場-上磯 2010年7月撮影


七重浜-五稜郭 2007年4月撮影


五稜郭 2011年12月撮影


ED79の切り離し。
五稜郭 2013年9月撮影


途中で運休となり函館運輸所にとめられたトワイライト編成。
函館 2006年7月撮影


普段は五稜郭より函館側には入線しないが津軽海峡線の不通で足止めされていた。
函館 2012年9月撮影


森 2014年4月撮影


礼文-大岸 2013年9月撮影


豊浦-洞爺 2011年8月撮影


ちょうどスラントノーズのキハ183系臨時特急とすれ違った。
豊浦-洞爺 2011年8月撮影


洞爺-有珠 2011年2月撮影


洞爺-有珠 2010年8月撮影


長和-有珠 2011年6月撮影


噴火湾越しの駒ヶ岳を望む。
長和-有珠 2011年6月撮影


長和-有珠 2011年6月撮影


有珠山噴火による運休が明けてしばらく。
列車の後退を可能にする為、最後尾にDE15が連結された。
伊達紋別-長和 2000年7月撮影


DD51重連とDE15の変則3重連。
伊達紋別-長和 2000年7月撮影


伊達紋別-北舟岡 2006年8月撮影


最初は団体専用列車でスタートしたトワイライトエクスプレスだが、その後団体列車ではヘッドマークが付かなくなった。
伊達紋別-北舟岡 2006年9月撮影


北舟岡-伊達紋別 2011年12月撮影


北舟岡-伊達紋別 2009年6月撮影


北舟岡-伊達紋別 2014年3月撮影


北舟岡-伊達紋別 2009年6月撮影


北舟岡-伊達紋別 2006年8月撮影


伊達紋別-北舟岡 2009年2月撮影


北舟岡-伊達紋別 2014年12月撮影


北舟岡-伊達紋別 2014年3月撮影


北舟岡-伊達紋別 2014年8月撮影


ヘッドマーク無しの団体臨時列車。
北舟岡-伊達紋別 2014年6月撮影


北舟岡 2012年6月撮影


北舟岡 2014年2月撮影


北舟岡 2014年2月撮影


北舟岡 1994年8月撮影


北舟岡 2013年11月撮影


北舟岡駅 2013年8月撮影


噴火湾沿いは第3編成の通路側窓位置変更が役立つ区間である。
北舟岡駅 2013年11月撮影


北舟岡駅 2013年11月撮影


黄金-崎守 1989年8月撮影


崎守-黄金 2009年10月撮影


崎守-黄金 2009年10月撮影


本輪西-崎守 2015年2月撮影


トワイライトエクスプレスの廃止が発表された翌日、2014年4月29日の上り列車。
本輪西のタンクヤード脇の木には桜の花が残っていた。
本輪西-崎守


本輪西-崎守 2012年6月撮影


本輪西-崎守 2008年4月撮影


本輪西-崎守 2008年3月撮影


東室蘭 2011年2月撮影


東室蘭 2011年2月撮影


第3編成の違いの多くが見える。
東室蘭 2005年11月撮影


富浦-幌別 2012年10月撮影


登別-富浦 2012年10月撮影


登別-富浦 2011年11月撮影


登別-富浦 2012年9月撮影


登別 2014年10月撮影


登別 2014年10月撮影


711系から見たすれ違い。2011年8月撮影


竹浦 2008年2月撮影


チップ貨車の横を通る。
萩野 2008年3月撮影


鮭遡る川。
社台-錦岡 2012年10月撮影


糸井 2012年4月撮影


糸井-青葉 2012年3月撮影


青葉-苫小牧 2011年11月撮影


青葉-苫小牧 2012年4月撮影


苫小牧-青葉 2011年11月撮影


沼ノ端-植苗 2010年6月撮影


植苗 2011年2月撮影


植苗 2011年2月撮影


植苗 2011年4月撮影


普通列車に乗って通過待ちで撮影できた。
美々 2012年7月撮影


南千歳-美々(新千歳空港) 2013年10月撮影


日本の航空会社のジャンボジェットも1年先に姿を消した。
南千歳-美々(新千歳空港) 2014年2月撮影


千歳 2010年6月撮影


千歳 2010年7月撮影


千歳 2011年9月撮影


長都 2010年9月撮影


サッポロビール庭園 2011年12月撮影


サッポロビール庭園 2011年12月撮影


島松-北広島 2013年10月撮影


西の里信号場-上野幌 2012年3月撮影


上野幌-西の里信号場 2011年10月撮影


上野幌-西の里信号場 2014年10月撮影


上野幌-西の里信号場 2015年2月撮影


新札幌 2015年2月撮影


新札幌 2014年7月撮影


新札幌 2014年7月撮影


新札幌 2015年2月撮影


白石-平和 2015年3月撮影


白石-苗穂 2009年8月撮影


白石-苗穂 2009年8月撮影


苗穂 2012年9月撮影


札幌-苗穂 2014年7月撮影


札幌 1990年8月撮影


札幌 2011年9月撮影


札幌 2015年2月撮影


琴似-桑園間を望む。
札幌(JRタワー) 2015年2月撮影


14時前に入線するトワイライトエクスプレスはランチビュフエを楽しみながら撮影できた。
札幌(JRタワー) 2015年2月撮影


札幌(JRタワー) 2012年10月撮影


札幌(JRタワー) 2008年6月撮影


札幌(JRタワー) 2014年10月撮影


桑園 2013年11月撮影


藻岩山展望台より、琴似-桑園間を回送するトワイライトエクスプレス。
2014年9月撮影


琴似 2004年1月撮影


今は見えなくなった方向の部屋の窓から。
琴似 1999年7月撮影


部屋の窓から。
琴似 2014年7月撮影


部屋の窓から冬景色。
琴似 2012年1月撮影


10時間以上遅れ真っ暗になってから到着し札幌運転所に向かう。
琴似 2014年7月撮影


到着が遅れ、折り返しも5時間以上遅れて始発駅に向かう。
夜の窓明かりは印象的だった。
琴似 2014年12月撮影


暗くなってから通るのは相当な遅れがある時、それでも運休しないで走るのがトワイライトエクスプレス。
琴似-発寒中央 2013年6月撮影


川縁の四季。
琴似-発寒中央 2014年6月撮影


桜。
琴似-発寒中央 2011年5月撮影


ライラック。
琴似-発寒中央 2013年6月撮影


新緑。
琴似-発寒中央 2014年6月撮影


少し移動し、アジサイ。
発寒中央-発寒 2014年7月


ナナカマド。
琴似-発寒中央間 2014年12月撮影


琴似-発寒中央 2014年7月撮影


琴似-発寒中央 2014年7月撮影


サロンカーと食堂車のクーラーが違う第3編成。
琴似-発寒中央 2014年7月撮影


札幌運転所 2015年2月撮影


札幌運転所 2015年2月撮影


札幌運転所 2015年2月撮影


第3編成はスロネフ、スロネの通路側窓割りが違う。
札幌運転所 2015年2月撮影


2015年3月のダイヤ改正で赤電711系の引退とともに北海道を去った。
札幌運転所 2015年2月撮影


2015年3月をもって大阪と札幌を結ぶ定期的な運転が終了した後、約1年間特別な「トワイライトエクスプレス」としてJR西日本管内各地を巡る団体列車として運転され、2017年に運行開始したTWILIGHT EXPRESS 瑞風に受け継がれた。
京都鉄道博物館 2018年6月撮影


トワイライトエクスプレスの客車4両とEF81形電気機関車は京都鉄道博物館に収蔵され、2018年6月、TWILIGHT EXPRESS 瑞風の運行開始1周年を記念した特別公開があり、新旧のTWILIGHT EXPRESSが並べられた。
京都鉄道博物館 2018年6月撮影


TWILIGHT EXPRESS 瑞風 特別公開時の入換で珍しいシーンが見られた。
京都鉄道博物館 2018年6月撮影



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